宇佐津彦ブログ

youtube:菟狭津彦が見た倭国の歴史(田熊石畑遺跡)

田熊石畑遺跡が発見されたことにより、末廬国がこの宗像市であったのではないかと考えられ始めました。田熊石畑遺跡は現在は内陸にありますが、邪馬壹国時代はここまで海岸線が深く入り込んでいたことが分かってきました。魏国の使者はそしてここから瀬戸内海に面した不彌国に移動していました。著書「菟狭津彦が見た倭国の歴史」でも取り上げています。
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「菟狭津彦が見た倭国の歴史」本屋さん向けポップ

 ポップが必要な場合、こちらの画像をお使いください。もしうまく行かない場合は、郵送にてお送りしますので、お問い合わせページよりご依頼ください。
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youtube:小迫辻畑遺跡(日田市)

日田市の本屋さんをひととおり回った後で、ぼくは小迫辻畑遺跡を訪れました。ここは本を執筆する前に一度来ているのですが、本を読まれた方も行かれることをお勧めします。大体古代の王達は、屋敷を造るのにこういう高台を好んだのではあるまいか。外敵から身を守るということもあるだろうし、何よりも身分の違いをこういう居住場所で下々に知らしめたかったのではないだろうか。やがて彼らの中から、倭五王が生まれることになる。
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菟狭津彦が見た倭国の歴史Map

菟狭津彦が見た倭国の歴史の舞台をGoogleMapに落とし込んだページを開設しました。本書を読んでいくなかで、場所が分からなくなったらご利用ください。販売開始まで、まだ2週間ほどありますので、これからもこのMapは拡充していきたいと思っています。
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宇佐市訪問

今日は出版告知のチラシを持って宇佐市役所を訪問させていただきました。著書「菟狭津彦が見た倭国の歴史」を活用していただけたらという提案をさせていただきました。いつかこういう日が来たらいいなと思っていましたが、今日そのハードルを飛び越えることができました。奇しくも本年2025年は宇佐八幡宮創建1300年の節目の年で、この年に間に合ったというのも、もしかしたら先祖達の見えない力なのかもしれません。
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youtube:菟狭津彦が見た倭国の歴史(闇無浜神社)

 瀬織津姫の伝承が残る大分県中津市闇無浜神社を訪れました。豊前国には海岸線に由緒ある神社が多いのですが、これらは古代の禊ぎと深い関係にあると考えられます。現在では瀬織津姫の名が出てくるのは希ですが、海岸線に位置する多くの八幡宮は、それを放生会という形で内包しています。この山国川もそうですが、大河の多くに龍神伝説があり、定期的にその龍神は上流から海に下り、そしてまた戻っていきます。古代から龍神は川そのものに対する畏敬であり、水田の守り神でした。
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暑い日の営業

昨日は午前中から自著出版の告知に回らせていただきました。最初にぼくが生まれ育った築上町の新川町長に報告しました。その後豊前市からみやこ町まで回らさせていただきました。地元の本屋さんにもお願いにあがり、店頭で取り扱っていただけるということになりました。みなさんも7/30の発売日以降は、お近くの本屋さんで購入が可能です。
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告知営業開始

昨日の午後はまるごと告知営業を行っていました。幸いなことに、とある本屋さんが10冊購入してくださるということで、すごく励みになりました。
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youtube:菟狭津彦が見た倭国の歴史(崗水門と岡湊神社)動画追加

 岡湊神社周辺も今回の著書で取り扱っている場所です。5月にはなんじゃもんじゃの花が境内一面に咲き誇り、美しい光景が広がります。この地は神武天皇や神功皇后の伝承が色濃く残る場所になります。短い動画ですが「菟狭津彦が見た倭国の歴史」の世界観の一部をお楽しみください。
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古代から続く菟狭津彦の世界観

ここでは古代から続く菟狭津彦の世界観を整理してみたいと思う。書き物として登場する場面は、日本書や古事記ではカミヤマトイワレヒコ(神武天皇)が東征する折に宇佐を訪れたところだ。菟狭津彦と菟狭津姫は彼らを饗応し、岡田宮に送り出す。先代旧事本紀では、天磐船で饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降り時に同伴していた天三降命の子孫が宇佐国造として描かれている。
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