歴史研究会 【研究ノート29】国生み神話の「隠伎之三子島」は簑島か
『古事記』国生み条に見える「隠伎之三子島」は、一般には現在の隠岐諸島に比定される。國學院大學古事記学センターの解説でも、隠伎之三子島は隠岐国に比定されるが、隠岐諸島全体は四島から成るため、「三子島」とどう対応させるかが問題となり、通常は島前三島に比定すると説明されている。すなわち通説は存在するが、その比定は語義の上で必ずしも無理なく収まっているわけではない。むしろ「三子」という表現そのものが、なお再検討を要する問題を残している。
本稿は、この「隠伎之三子島」を島根県の隠岐諸島ではなく、豊前海に面した行橋市簑島の古い景観記憶として読み直す可能性を検討するものである。ただし、いま本文に現れている「隠岐」表記を直ちに全面否定することが目的ではない。問題にしたいのは、記紀編纂以前の神話古層において、いかなる海上景観がこの語の背景にあったのか、という点である。結論を先に言えば、簑島は「三子」の景観、背後の要港草野津、さらに神武伝承の分布という三条件を同時に満たす点で、きわめて有力な候補地である。