【考察】出雲国譲り神話は何を語るのか

宇佐津彦清智

――壬申の乱後の正統性を神話化する装置として

出雲国譲り神話とは何か。
一般には、出雲の神である大国主神が治めていた国を、天照大御神の側へ譲る神話として理解されている。神社本庁の説明でも、国譲りは「大国主神が治めてきた豊葦原水穂国が天照大御神の御子に譲られる経緯」を語るものとされる。

しかし、この神話をそのまま「出雲支配の説明」と見ると、どうしても不自然な点が残る。
最大の問題は、国を譲らせる舞台が出雲であるにもかかわらず、天孫降臨の舞台が日向に置かれていることである。もし主題が「出雲を征服し、その地を直接支配した」という物語であるなら、天孫はそのまま出雲に降ってよいはずである。ところが神話はそうは構成されていない。ここから見えてくるのは、国譲りの意味が出雲という土地の取得そのものにはなく、むしろ新しい王権が地上支配の正統性を得るために、どこかの高位の旧秩序から承認を受ける必要があった、という点である。すなわち、国譲りは領土獲得譚ではなく、正統性付与の儀礼的神話として読むべきなのである。

この点を強く示すのが、大国主神の扱いである。
國學院大學の解説によれば、国譲り神話については、大和政権による出雲平定の歴史的反映とみる説のほかに、もともとは荒ぶる神々を鎮める呪的神話であったとする説、地方政権の委譲を宗教的に裏付ける神話へ発展したとする説、さらには建御雷神や建御名方神など出雲と関係の薄い神々が登場することから中央創作とみる説まで存在する。しかも大国主神は、政治や軍事の表側から退きつつ、文化的・宗教的支配者としての地位に移ったと解される余地があるという。これは極めて重要である。大国主神は完全に滅ぼされるのではなく、譲ったのちも高位を保つ。その構図は、単なる征服神話ではなく、旧秩序の権威を否定せず、新秩序の側へ回収するための神話装置であることを示している。

ここで問題になるのは、なぜこのような神話構造が必要だったのかということである。
その答えとして最も有力なのが、壬申の乱後の王権正統化である。『古事記』は、天武天皇の意向によって帝紀・旧辞を正し、後世に伝えるために企画された書として理解されている。つまり、これは単なる神代説話集ではなく、新たに成立した王権が、自らの由来と正統性をどのように語るかという政治的意図のもとに編まれた文献である。そうである以上、そこに置かれた中心神話の意味も、王権成立の論理と切り離して理解することはできない。

壬申の乱は、外敵との戦争ではなく、王権内部における危険な継承戦であった。
だからこそ、その勝利をそのまま「奪取」や「征服」として語るだけでは足りなかった。新王権が必要としたのは、自分たちが旧秩序を破壊した者ではなく、正統にそれを継いだ者であるという語りである。ここで国譲り神話は、驚くほどよくできている。そこには、旧秩序の本体としての大国主神があり、その譲渡を内側から承認する事代主神があり、なお抵抗して周縁へ退く建御名方神がいる。にもかかわらず、物語の終わりでは「征服」ではなく「譲渡」が成立する。すなわち、危険な王権移行が、秩序ある継承として語り直されているのである。

事代主神の存在は、とくにこの論理を補強している。
國學院大學の解説では、事代主神は国譲り成立の際に、天神に服属する諸神を統率する神として大国主神から名を挙げられ、また「シロ(代)」を「本物の代わりに同じ働きをする」と解すれば、「神に代わり神の言葉を述べる者」の意になるとされる。これは事代主神が、単なる従属神ではなく、旧秩序の側から譲渡を承認し、その正当性を言葉によって保証する存在であることを示している。国譲りにおいて重要なのは、大国主神が力でねじ伏せられることではなく、大国主神の側から譲るという形式が整えられることである。そのために、事代主神という内部承認者が不可欠だったのである。

これに対して建御名方神は、まさにその外に置かれた。
神社本庁の説明でも、建御名方神は信濃へ移って国造りを行う神として位置づけられている。すなわち彼は、譲渡の秩序の中には収まりきらず、最後は中央から退いて周縁へ配置される側である。ここには、王権移行の際に、内側から新秩序へ接続した者と、最後まで抵抗して周縁化された者とを分けて記述する政治神話の技法が見て取れる。

こうして見ると、出雲国譲りの意味は、出雲の歴史的支配そのものを説明するところにはない。
出雲は、旧秩序に十分な威厳を与えつつ、しかもそれを最終的に新秩序へ譲らせる舞台として用いられている。重要なのは出雲そのものではなく、高位の旧秩序が新王権を認めた、という形式である。出雲がそこで必要だったのは、史実としての出雲王権を保存するためではなく、王権移行を神話的に語るための舞台として最適だったからだと考えるべきである。

したがって、出雲国譲りの本質は、出雲支配の説明ではない。
その本質は、壬申の乱後に成立した天武朝の正統性を、征服ではなく継承として語り直すことにあった。『古事記』は、そのために出雲国譲りという神話素材を用い、旧秩序の本体、内部承認者、抵抗して退く側という三者を配置しながら、危険な内乱の記憶を、正当な王権継承の物語へと変換したのである。

一言でいえば、こうなる。

出雲国譲りとは、出雲支配の神話ではない。
それは、壬申の乱後の新王権を正統な継承者として成立させるための、政治的神話装置であった。

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