古代から続く菟狭津彦の世界観

金銀錯嵌珠龍文鉄橋(復元品)
金銀錯嵌珠龍文鉄橋(復元品)

 ここでは古代から続く菟狭津彦の世界観を整理してみたいと思う。書き物として登場する場面は、日本書や古事記ではカミヤマトイワレヒコ(神武天皇)が東征する折に宇佐を訪れたところだ。菟狭津彦と菟狭津姫は彼らを饗応し、岡田宮に送り出す。先代旧事本紀では、天磐船で饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降り時に同伴していた天三降命の子孫が宇佐国造として描かれている。

 古代日本国の歴史のなかで映し出されるその時々の菟狭津彦の印象は複雑だ。時に宇佐地方の王であり、中津沖積台地を治める豪族であり、宇佐八幡宮の大宮司であった。法蓮上人や宇佐公通・公仲親子と天皇家や藤原家との関係についても、触れないわけにはいかなかった。彼らはなぜ九州北部東岸にニ千年を超えてこだわり続けたのか。

 彼らにはある信念があったとぼくは思っている。幾多の内戦や海外との戦争で荒廃した九州において、秦氏の手を借りながら、また八幡神と仏教を習合させてまでも彼らが守り続けたものがある。そしてそれが実現した時、子孫でさえその守り続けたものが分からなくなってしまっていた。ただ今回の取材を通して、その何かの切れ端には手が届いたと思っている。彼らが守り通そうとしたのは、「倭国の歴史」そのものではなかっただろうか。菟狭津彦達はなぜこれだけ八幡宮を九州一円に広げたのか。彼らはあらゆる土地を八幡宮で覆っていった。その行為はあらゆる事績を消すのと同時に、大切な核心を守ることにも繋がっていった。

このような独特な世界観をみなさんにも感じてもらいたいと強く思っています。そのため著書「菟狭津彦が見た倭国の歴史」を楽しんでいただくために、このサイトとyoutybeでもっとこの世界観を感じてもらえるように情報提供していきたいと思っています。情報の更新は、LINE公式アカウントでお伝えしていますので、併せてこちらの友だち登録をお願いします。

宇佐津彦歴史探訪チャンネル
2025年7月30日、いよいよ著書「菟狭津彦が見た倭国の歴史」が幻冬舎から発売予定です。ぼくの先祖菟狭津彦命からタイトルと著者名をいただきましたが、「命」と付けると大上段から振りかぶっているみたいで、少し親近感に欠けるかなと、「菟狭津彦」とさせていただきました。歴代の菟狭津彦がその目で見てきた歴史の真実を書いています。...

宇佐津彦清智

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