【考察】なぜ大宜都比売は殺されるのか

宇佐津彦清智

――『古事記』における食物供給の再編

『古事記』の中でも、大宜都比売神の殺害場面はとりわけ異様である。

食物を供する神が、なぜ殺されなければならなかったのか。しかも、その死体から五穀や蚕が生じ、それが「種」とされる。ここでは単なる残虐譚とも、単純な食物起源説とも言い切れない、不思議な構造が見えている。

本稿は、この場面を食物神の否定としてではなく、未分化な食物供給が分解され、再編される神話として読み直すものである。

一 身体から食物を出すとは何か

大宜都比売神は、鼻・口・尻からさまざまな食物を取り出して須佐之男命に供する。この描写は、現実の動作として受け取ると理解不能である。重要なのは、生理的な気味悪さではなく、どのような食物供給の観念がここに表現されているかであろう。

ここで示されているのは、食物が身体の内部からそのまま出てくる世界である。それは、耕作・加工・保存・配分といった段階を経た生産ではない。言い換えれば、ここにあるのは「作る」食物ではなく、自然に生成する食物である。

しかも、その食物は区分され、整えられ、秩序立てられたものとして現れるのではない。身体の諸部位から直接出てくる以上、そこには食物と身体、供給と排出との境界がまだ十分に引かれていない。大宜都比売神は、人格神というよりも、食物が未分化なまま自然に現れる状態そのものを体現していると見る方が分かりやすい。

二 なぜ須佐之男命はそれを否定したのか

須佐之男命は、その供応を見て「穢して奉る」と受け取り、大宜都比売神を殺してしまう。ここで注目すべきなのは、須佐之男命が飢えていたとか、怒る個人的理由があったとかいう話ではなく、食物のあり方に対する認識の断絶である。

大宜都比売神の側では、身体から直接出てくることは、そのまま豊穣を意味している。しかし須佐之男命の側では、それは秩序だった供応ではなく、「穢れたもの」として見える。ここには、食物をめぐる二つの原理の衝突がある。

一方は、自然生成的で未分化な供給の原理。他方は、区別され、整理され、扱いうる形に整えられた供給の原理である。

したがって、この殺害は単なる残虐性の発露ではない。むしろ、未分化な供給のあり方をそのままでは認めないという否定の表現である。須佐之男命が否定しているのは、大宜都比売神という神そのものというより、その神が体現している古い食物供給のかたちであったと考えられる。

三 殺害後、なぜ「種」が残るのか

この神話で最も重要なのは、殺害の後である。大宜都比売神の死体から、蚕・稲・粟・小豆・麦・大豆などが生じ、それを神産巣日御祖命が取って種とする。ここで起きているのは、単純な破壊ではない。もしこの場面が食物神の全面否定であるなら、殺した時点で終わるはずである。だが、実際にはそうならない。むしろ殺害によって初めて、食物は種類ごとに分かれ、個別の資源として現れる。この点はきわめて重要である。

大宜都比売神が生きている間、食物は身体から未分化に出てくる。しかし死後、その身体は分解され、そこから蚕や穀物がそれぞれ別個のものとして現れる。さらに、それらは単なる食料ではなく、「種」として回収される。ここに至って初めて、食物は再生産可能な単位として把握されるのである。

つまり、殺害の意味は神の否定ではない。それは、神格の中に未分化に包まれていた食物供給を分解し、管理可能な形に再編する操作なのである。大宜都比売神が殺されるのは、その神を消し去るためではなく、その身体に包まれていた生産機能を取り出し、別の秩序のもとに置き直すためであったと読める。

四 この神話の意味

このように見ると、大宜都比売神話は独立した大きな中心神話ではない。黄泉国や天岩戸、国譲りのように、古事記全体の骨格を決める場面ではないだろう。むしろこれは、それらを支える周辺部の神話であり、世界再編の中で見落とされがちな「食物供給の再編」を示す補助線として位置づけられる。

それでも、この短い神話は重要である。

なぜなら、秩序の再編は、政治や祭祀だけでは完結しないからである。世界を作り直すには、何を食べ、どのように生産し、それをどう扱うかという基盤が必要になる。大宜都比売神話は、その基盤が未分化な自然供給から、分解され再編された種子体系へと移ることを、神話的に示している。

五 結論

大宜都比売神が殺されるのは、食物神であるにもかかわらず否定されたからではない。そうではなく、その神が体現していた未分化な食物供給のあり方が、そのままでは新しい秩序の中に置けなかったからである。殺害によって起きるのは破壊ではなく、分解である。

そして分解ののちに現れるのは、穀物や蚕がそれぞれ区分され、「種」として再編された世界である。したがって、この神話の核心は残虐性にはない。それは、自然に生成される食物の世界を、一度壊し、分け、再生産可能な形に組み替えることにある。

大宜都比売神が殺されるのは、その神を消すためではなく、食物供給を新しい秩序へ移し替えるためだったのである。

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