歴史研究会 【研究ノート15】継体朝と欽明朝は別の血筋ではないか
継体朝から欽明朝への移行は、『日本書紀』では連続した皇統の継承として描かれている。だが、その連続性をそのまま受け取ることには大きな疑問がある。継体天皇は「応神五世孫」とされるが、その皇統接続はあまりに遠く、婚姻や系譜操作によって正統化された印象が強い。さらに、継体紀から欽明紀にかけての叙述は、『百済本記』など外部史料層の利用が想定されており、自然な王統記録というより、後から接合された編集点とみるべき性格を持つ。したがって、継体朝と欽明朝のあいだに、書紀が隠した政治的断絶、あるいは別系統王権の接合があった可能性を考えるべきである。