歴史研究会 【研究ノート30】 卑弥呼を支えた物部氏
『魏志倭人伝』が伝える卑弥呼の死は、単なる一首長の死ではない。そこには「大作冢」「徇葬者奴婢百余人」と記され、巨大な墓と百余人の徇葬が伴っている。しかも卑弥呼は生前、魏から銅鏡百枚、刀、錦、帛、白絹、采物など、多量の威儀財を下賜されていた。これらを合わせて見ると、卑弥呼の時代の倭王権は、単に在地の首長社会の延長ではなく、中国王朝的な王権儀礼を理解し、それを自らの権威へ変換できる高度な中枢層を備えていたと考えるべきである。
本稿の狙いは、卑弥呼の時代に「物部氏」の名が史料に現れる、と断定することではない。そうではなく、卑弥呼政権を成立させるために必要だった機能――すなわち、威儀財の受領と管理、死の王権儀礼の執行、鎮魂、そして王権財の神聖化――を後代に最も濃く保存しているのが物部氏である、という点を明らかにすることである。後代史料に見える物部氏の性格を、卑弥呼時代の王権儀礼へ逆照射することで、卑弥呼を支えた「原物部的」な中枢奉仕層の存在を考えたい。